その経営の仕方って持続的?

社会的責任サステイナビリティ

こんにちは!カナです。

 

私は、修士課程でCSRやCSVをテーマに研究していました。そんなこともあり今日は、「THE ETHICS OF CORPORATE SOCIAL RESPONSIBILITY」という記事をピックアップします。

社会的責任

社会的責任・・・ベターなのかマストなのか?

社会的責任が出来るのは会社に余裕があるからだ、いやいやちがう社会的責任をしっかり果たしているから会社が成長しているのだ。この議論は本当につきないし、たくさん研究されて論文が書かれていますが、ここはブログであり論文を書いているわけではないので、数字的根拠とかはなく、記事に書いていることや私の思うことを書きますこと、さきにお伝えします。

 

世界のトップリーダー集まる

THE ETHICS OF CORPORATE SOCIAL RESPONSIBILITY」の記事によると、どうやら2019年8月にBussiness roundtableという集まり、アップルのTimさんだとか、Amazonのjeffさんだとかが集まって企業の目的の定義を短期的利益の追求から変えよう!という議論がなされたそうです。記事では「結局、法的拘束がないからこれからの彼らの行動によるけど、トップリーダーがそういう姿勢を見せたことは、他の企業にとっても色々示唆があるよね」とも書いています。

時代の流れとしては、CSRやESGは企業のよこっちょにある目標というよりはどんどん目標の主役を奪いつつありますし、CSRは何かの犠牲を払って行っているものではないという認識になっています。

 

すべては持続的かどうかによる

これは私個人の意見ですが、あらゆる面において持続的かどうかが重要だと思っています。

これは大きなことも小さなことも。地球レベルであれば、その自然の使い方って終わりがない?企業レベルであれば、その経営の仕方って本当に再現性ある? 部署レベルであれば、特定の人がいなくなってもまわる仕事の仕方? 個人レベルであれば、そのダイエットの仕方って本当にずっと続けられる?

「いや、私あした世の中からいなくなっても大丈夫なんで」って言う人がいたら別に持続的かどうかは関係ないのでしょうけど、ほとんどの人は明日を迎えることを期待して生きている。企業(法人)も基本的にはgoing concernで永続的が前提ですよね。そうすると、それって持続的かどうかと問いかけてみてほしいなと。

企業において、短期的には自然や従業員やなにかを犠牲にして利益を得られるかもしれない。けど、自然も従業員もその他のものも、資源であり回り巡って自分に返ってきます。本当に永続的に経営を続けるのであれば、「余裕があるからできる」という考え方は一度捨ててほしいと思います。

ちなみにここで詳しく言及しませんが、私はCSVというCSR経営をしたら利益はあがるという考えよりなので、企業はCSRをやるべきという視点よりは、CSRをやらないとむしろ損でしょ、負けるよ?という視点です。この話はまた今度!

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