- こんにちは!カナです。
私は、管理会計の専門家でもあるので、「効率化」はかなり好きな分野です。
しかし、「成長」がすべてではないし、私達は幸せになるために生きているのであって、「経済成長する為」に生きているわけではないので、技術も発展してきたのでそろそろ「成長」「効率化」の中身も考えなくてはいけないと感じる今日この頃です。
そんななか、HBRのPodcastで、「When Efficiency Goes Too Far」というエピソードがありました。「改善はもういらない」というテーマで。
When More Is Not Better: Overcoming America’s Obsession with Economic Efficiency (English Edition)の著者であるRoger Martin ゲストで進みました。
何事もいきすぎは良くない
ゲストは「過剰な愛が良くないように過剰な効率化もよくない。今の経済をみると上位1%の人が豊かになるばかりだ。効率化を目指して、賃金が安い国へ外注し、人を削減してと過剰なまでに効率化を目指している」と指摘します。
効率化と不平等との関係は?
効率性が進むと、競争が増し、競争に勝てば勝ちやすくなり、の循環で不平等の差が開いていく。
アマゾンは効率化のプロです。アマゾンを見ていると、たしかに一度勝てばどんどん勝っているようにも見えます。
効率性のバランスをとる
ゲストはバランスのとれた良い例として「Costco」を紹介します。
Costcoは、ミニマムの労働というのを把握して、それにあえてプラス人を配置します。そうすることによって、その従業員の余裕から顧客は丁寧に扱われたと認識するからです。そうすると顧客はものをさらに買う。そして、売上はあがる。
本当に効率化が不平等を生んでいるのか?
私個人の意見を述べると、「効率化」があるからこそ商品やサービスがコモディティ化して、いろんな人が手に取ることが出来るようになってることは忘れたくはないと思います。
インターネット、携帯電話、あらゆるものはかつてとても高くて高級品でしたが、コモディティ化から手に取ることが出来るようになっています。
これらの技術が手に取ることができるから情報は平等に行き渡るようになってきました。
また、効率化が格差を生んでいるのではなくて、「効率化」という努力をしたから「結果的に勝った」ので、「効率化」を目指せば誰にでもチャンスがあるのではないかとも言えます。
たしかに一度勝てば勝ちやすいのかもしれないけれども、日々市場は変わっていて、同じところで勝負する必要もないかもしれないので、「効率」=「悪」は早い結論かと思います。
ただ、分野によっては「効率化」は過剰であるし、仕事がAIに変われば、人間は効率化の必要の無い分野を担わなくてはならないので、考えることは山積みです・・・。
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